デビュー・シングル『YOU GET TO BURNING』が、オリコン初登場9位を記録
〜誰だこの子は?もしかしたら売れっ子になるんじゃないか?!〜
−−由美さんのデビュー作となったアニメ「機動戦艦ナデシコ」の主題歌『YOU GET TO BURNING』が、オリコンのシングル・チャートで初登場9位を記録。華々しいデビューだったんですね。
それが、決してそんなこともないですよ。もともと私、10代の頃レコード会社預かりの身として、毎週レッスンを重ねながら、デビューの機会を伺ってた子だったんですね。
それこそ当時は、“シェリル・クロウが、日本でも話題を集めてる。でも日本には、彼女のようギターを弾きながら歌うシンガーがいないから、由美ちゃんやってみない?”と打診されたり。
−−そのときの由美さんの返事はどうだったんですか?
“やだ〜、ギターなんて弾けない”って(笑)。当時は、デビューのきっかけをつかむのが難しく、会社の人が「今の状態ではうちから出すのは難しい。だから、他のレコード会社へ持っていってみないか?!」と言うくらい、厳しい環境だったんです。そんな環境の中でも、私はわがまま言ってたんですけどね(笑)。
−−さすがです(笑)
そんな状況の中から、新たなチャンスの道を見出そうと、「ASAYAN」のオーディションを受けたり、ヴォーカリストのテープ審査へ応募してみたり。。。そこで、「機動戦艦ナデシコ」のヴォーカリストとして選ばれ、主題歌『YOU GET TO BURNING』を歌ったところ、オリコンのシングル・チャートで初登場9位を記録したわけなんですよ。
当時は、誰も「機動戦艦ナデシコ」の人気の凄さなどわかっていなかったから、“いきなりベスト10内?!”と、レコード会社のスタッフともどもビックリだったわけですよ。しかも当時いたプロダクションって、2000人くらい所属がいたところ。当時の私なんかB級モデルの一人程度だったにも関わらず、その子がオリコン9位を取っちゃったものだから、事務所内でも“松澤由美って誰だ?”と蜂の巣を突ついたような大騒ぎ。。。
ヒットメーカー朝本浩文が、松澤由美の楽曲を制作
−−当時3枚連続で出したシングル『OTOHA〜音波〜』『earth song〜大地の詩〜』『ココロ』は、ヒットメーカー朝本浩文氏の手による作品でした。
朝本さんとは、まだ私がデビューさえ出来てなかった頃に、友達の友達繋がりでお会いしていたんです。そのときに“リリースどころか、レコード会社も何も決まってないんですけど、朝本さん曲書いてください”とお願い。当時私は朝本さんの凄さを認識できてなかったから、そんな失礼なこと平気でお願いしちゃってましたし。朝本さんもホントいい人で、忙しい中こころよく引き受けてくれて、いくつか楽曲を作ってくださったんですね。
で、イーストウェスト・ジャパンでのデビューがきまったときに、“私、曲持ってます”ということで、朝本さんの楽曲を発売することになったんですけど。当時のスタッフの方々も朝本さんに対する知識どころか、あの頃のヒット音楽状況へうとかったことから、“誰、この人は?でもいい曲だね。知り合いならもっと曲を書いてもらいなよ”と言ってたんですけど、経歴を調べたときにUAさんなどを手がけヒット曲を連発してた朝本浩文さんだということが判明。そこでも、“なんでヒットメーカーが松澤に?!”って驚かれてました(笑)
「これが売れなきゃ、お前はクビだ」事件
−−当時はレコード会社の方も、かなり松澤さんへ力を注いでましたよね。
凄かったですね。PV撮影のためにNYへ行ったり、カウントダウンTVの主題歌だったりしたんですよ!あの当時は一押し新人で…だからシングルを3枚も出せてたんですけど、プッシュした割には正直数字が付いていかなかったんですよ。だって『YOU GET TO BURNING』がチャートで9位だったから、『OTOHA〜音波〜』も近い位置へ行くんじゃないか…と思ってたら、80位くらい。しかも、出すたびにランクは下がっていく。。。そこから再び、リリースする機会を失ってしまったんです。
−−だけどその時期に、今度は劇場版「機動戦艦ナデシコ」の主題歌『Dearest』を唄い、ヒットさせましたよね。
これも大月プロデューサーが、“この作品を歌うのはこの人”と言うように、作品と歌い手さんとの関係をとても大切にしてくださってたからだと思うんです。実際に映画版の内容も、成長したクルーたちの姿を描いた作品だったこともあり、歌の面でも、“デビューから2年弱経ち、同じように成長したであろう松澤由美に歌わせよう”ということで、起用してくださったんです。
−−そこから、再びアニメ業界との接点が生まれたんですね。
当時私を担当していたイーストウェスト・ジャパンのスタッフチームの方々も、松澤由美を押したいけど、何かしらのきっかけがないと作品リリースまでには持っていけなかった状態だったんです。そのときに再び『Dearest』というヒット歌が生まれ、そこから再びアニメ・ファンの方々が私へ視線を注いでくれるようになりました。そのときにレギュラーで出ていたのが、当時ニッポン放送ではもの凄い人気を誇っていた、アニメ系番組「アニガメパラダイス」での企画コーナーだったんです。
−−「次のCDが売れなかったら、シンガーを辞める」という企画ですね。
そう。当時は「アニガメパラダイス」の中に、“由美ちゃんがCDを出せない、どうしよう助けて”というコーナーを設置。毎週届く手紙の数が既定枚数へ届かなかったら、私のマイクだけを切って、その場にいるのにしゃべれないという企画をやったり、次に出すシングルが、オリコン・チャートの 100位内へ入らなかったら、シンガーを辞めるいう、お涙ちょうだい的な企画をやったり。。。
でも当時の私は、「お涙ちょうだい」的な姿勢って嫌だったから、“なによ、この仕打ちは〜”とプンプン怒ってたんですけど。。。今振り返ってみれば、そこまでしてでも話題を作りながら、私の音楽活動を続けさせてあげたかったということだったんですよね。
結果、「アニガメパラダイス」の主題歌として発売した『ありのままで』が、オリコンの右ページのほんとギリギリのところへランクインしたので、シンガー活動を続けることができるようになったんです……と言っても、私は一度も「辞める」なんて言ってなかったから、結果がどうであれ続けていくつもりでしたけどね(笑)
続く、迷走…その1
−−そこから、アニメ作品との出会いが増えていくんですよね。
結局イーストウェスト・ジャパンとは、『ありのままで』を最後に契約を終了。だけど、そこで生まれたアニメ業界との繋がりの中から、アニメ「ジバクくん」の主題歌『誰も知らない地図で』を歌わせていただく企画が生まれたんです。じつはそのときに楽曲を手がけたのが、またも朝本浩文さん。その後に歌うアニメ「サラリーマン金太郎」の主題歌『時空〜ときのそら〜』も朝本さんの楽曲でしたし、朝本さんにはホントお世話になりっぱなしでした。
−−『誰も知らない地図で』を発売したとはいえ、またも次のリリースが決まらない状態へ、当時は陥ってたそうじゃないですか。
そうなんです。そんな時期『ありのままで』を書いてくださった田中公平先生にお会いし、“松澤、次のCDを出せない状態なんですけど。どうすればいいですか??”と相談をしたところ、“じゃあ「ゲートキーパーズ」の主題歌を歌うか”と田中公平先生が言ってくださり、そこから「ゲートキーパーズ」の主題歌『明日の笑顔のために』を歌わせていただけることになったんです。
−−『明日の笑顔のために』で松澤さんの存在を知った方も、当時は多かったんじゃないですか?
そうみたいですね。よくお仕事柄声優さんとお会いすると、“「ゲートキーパーズ」の主題歌『明日の笑顔のために』大好きでよく聴いてました”と言われますからね。
−−その後、今は無きマクセル・イーキューブへ…。
当時マクセル・イーキューブからKAB.ちゃんがCDを出してたんですけど。たまたまKAB.ちゃんのラジオ番組へゲストで呼ばれ、そこで一緒にピアノ演奏に合わせ歌ったんですね。そのときのセッションを見たメーカーの方が、“すごくいい歌声ですよね、一緒にCDを出しましょう”と言ってくれたことから、『時空〜ときのそら〜』『哀しいよ』と作品を発売することができました。
続く、迷走…その2
−−そのレコード会社も、時の流れと共にCD制作から撤退。。。
そうなんですよぉ。。。も〜、どうしましょう(笑)。。。じつは私、自分の詞/曲で勝負したい気持ちをずっと持っていたんですね。再びリリース先がなくなった時期、今度は知り合いの方から、“OVA「聖闘士星矢〜冥王ハーデス十二宮編〜」の主題歌コンペがあるんだけど、出してみる??”と声をかけられ、そこで『地球ぎ』をプレゼンしたんです。そうしたら見事に選ばれて。。。でも当時制作をしていた東映の方も、原作者の車田正美先生も、私のことなど一切知らず、“新人?”と聴いてきたほど。それで“こういう道をたどってきました”ということを説明したら、“じゃあ自分で歌う?”となり、『地球ぎ』をみずから歌うこともできたんです。
同じ時期、ゲーム「SNOW」の主題歌を歌う人を探してるというお話をいただき、主題歌『SNOW』も唄いました。。。でも、再び仕事がなくなってしまったんですよ。
−−その時期ですよね、イギリスへ留学したのは。。。
ちょうど次の仕事が決まってなかったし、前々から語学留学したかったこともあり、「いい機会だから、いっちゃえ」と留学を決めました。マネージャーには、“仕事が入ったら日本へ戻るから”と言っていたんです。でもそういうときに限って仕事が飛び込んでくるもので(笑)、イギリスへ渡った翌月には、早くも一度お仕事のため日本へ戻ってきてました。それが、OVA「聖闘士星矢〜冥王ハーデス冥界編〜」のエンディングテーマのオーディションを受けるというお話だったんです。
−−そこで、再びエンディングを獲得。
そう。なので『託すものへ〜My Dear』の歌入れのときに、再び留学先から日本へ戻ってきたんですけど。その現場でたまたま隣に座ってた人へ、“私、次の予定何もないんですよね。でもまた唄いたいんです”と雑談のようにおしゃべりをしてたら、その人もまたプロデューサーの方で、“じゃあオーデションを紹介するよ”ということで紹介を受けたのが、PS2用ゲーム「サモンナイト4」の主題歌オーディションだったんです。それに受かったことから、私はオープニング曲『NEVERLAND』を歌うことになったわけなんですよ。
由美ちゃん、今年デビュー10年目じゃない??
−−まさに、綱渡りの人生ですね(笑)
ホント、そう(笑)。そんなこんなで気がついたら10年。。。って言うか、最初マネージャーに“由美ちゃん今年がデビュー10年目ですよ”と言われ、そのことに気づき、そこから“今までアルバムを出したことなかったし、10周年を記念したアルバムを作りたいね”という話が生まれ、この【あしあと】へと繋がっていったんです。
−−影山ヒロノブさんがプロデュースを手がけた『Mum's Dream』にも、いろんなエピソードがあるらしいですね。
昨年スペインのアニメフェスへ参加したときに、影山さんとご一緒したんですね。そのときに久々にお会いした影山さんが、“お前歌がすごく良くなったな。もし自分で楽曲を持ってきたら、うちのスタジオ使っていいから”と、私に言ってくださったんです。その言葉を聴き、私すぐに楽曲を作って影山さんへ持っていったんですね。でもその時期は、まだ【あしあと】を作ることなど決まってなかった頃。とくにリリースする宛も、環境もなかったんです。それでもあのお忙しい影山さんが“一緒に作ろう”と言ってくださり、影山さんがプロデュースとギター演奏を手がける形で『Mum's Dream』を完成させました。結果的に、その楽曲を【あしあと】へ入れて発売できるようなったから、すっごく嬉しかったんですけど。。。
4月8日・渋谷BOXX
−−まさに、いろんな試練の波を乗り越えたうえで完成したのが、ベスト盤【あしあと】だったんですね。
そう。中には、先に上げた14曲に加え、『愛はここにあるの』。そして「遊撃戦艦ナデシコ」の主題歌『With you』という、レアなトラックも入ってます。
そして4月8日には、バンド編成のもと、ベスト盤へ収録した全曲を披露する初のワンマン・ライブを実施します。そのステージを観ると、私の10年間の活動の日々を一気に感じれると思いますよ。
−−さらに、今後もいろんな予定が決まってますよね。
4月29日には、今年で連続3年出場となった、Zepp Tokyoで開催になる「スーパーロボット魂2007“春の陣”」へ出演します。さらに私の楽曲はもちろん、『魂のルフラン』や『はじめてのチュウ』など、人気アニメソソングをアカペラでカバーしたアルバム【アニカペラ】も5月23日に発売を予定しています。
もちろん、日々の私の活動や気持ちは、エキサイトアニメ公式ブログ『YUMIMANIA』。そして「アニたま電波局」で放送中のネットラジオ番組『ゆみまにあ(仮)』でお伝えしていくので、こちらも日々チェックよろしくお願いしますっ!!
TEXT:長澤智典
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